宮津エリア(みやづ)/細川氏と京極氏が築いた歴史のまち宮津は、江戸時代以降発展し、「旧三上家住宅」などの商家、現役木造最古の畳敷き天主堂「カトリック宮津教会」など、今も多くの建築物が残されています。また与謝蕪村が愛した寺町一帯も見どころのひとつ。
宮津マップ
▼おすすめ観光ルート
カトリック宮津教会
↓自転車1分・徒歩2分
和貴宮神社
↓自転車5分・徒歩10分
今林家
※今林家は一般民家のため屋内に入ることはできません。
↓自転車8分・徒歩15分
見性寺(寺町一帯)
↓自転車5分・徒歩8分
袋屋(醤油店)
↓自転車3分・徒歩5分
旧三上家住宅

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和貴宮神社 〔わきのみやじんじゃ〕
 境内には水越岩と呼ばれる巨石があり、その昔、このあたりまで海であったとされ、海と陸との分かれめであり、この両方をまつる岩である。火災により、創建は明らかではないが、現存する本殿は、文政4年(1807)に再建された。本殿は幅が広く、下に忍びの部屋があるのが珍しい。葡萄の籠彫りなど彫物に手が込んでいる。拝殿には大きな絵馬が3つ並び、狛犬は年号が残るものとしては京都府で一番古い。玉垣には日本各地の豪商の名が並び、北前船で賑っていた当時の様子がうかがえる。
住所:宮津市宮本428

今林家 〔いまばやしけ〕
 白壁に格子戸という昔の情緒を今もなお残している今林家は、延享年間(1744〜48年)より宮津に存在し「かなや」の屋号を持つ。
 文化13年(1813年)五代目今林仲蔵が糸問屋を再興し、また縮緬問屋として藩御用達を拝命、苗字帯刀もゆるされた名主役でも活躍した。七代目仲蔵は明治元年(1868年)9月に宮津藩商法会所元締に就任、明治12年3月には京都府議会の開設と同時に府会議員に選出され、以後3期にわたり地方産業の開発や京都・宮津間の車道開さく事業促進などにつとめた。八代目仲蔵は日韓貿易会社を設立、九代目仲蔵は宮津町助役として、また宮津銀行頭取として、宮津与謝地方の発展に尽くした。今の藩主は11代目である。
住所:宮津市万町604-1

袋屋 〔ふくろや〕
 袋屋は、約300年にわたり、伝統の醤油を製造し続けている醤油店。玄関に入ると奥には作業場・桶蔵などが当時のまま残されており、守り抜かれた"伝統"を感じることができる。
 現在の「あしぎぬ」という銘柄の醤油は、多くの人々に好まれており、ここでも販売されている。今は尾藤氏が継ぐ。
※『うまいもん・宮津の名物』でも紹介しています。

山王宮 日吉神社 〔さんのうぐう ひよしじんじゃ〕
 「丹哥府志」によると近江坂本より勧請したと伝えられる。例祭は宮津祭りである。以前は山王祭という。歴代宮津藩主の崇敬を受け、社殿の造営が行われ、境内に藩主の別荘が置かれた。延宝年間(1673〜81)に藩主永井尚長によって漱玉亭(そうぎょくてい)と命名された庭園跡は今もその一部が残っている。
 本殿は、貞享5年(1688)の造営で府指定文化財である。
 {府登録文化財}・・・日吉神社拝殿・摂社杉末神社本殿・末社恵比寿神社本殿・末社船魂神社本殿
 {市指定文化財}・・・鍋経筒・漱玉亭跡庭園
京都府決定文化財環境保全地区に如願寺と共に指定されている。
 勤王の画家といわれた佐藤正持が天保13年(1842)描いた山王祭礼図絵馬・六面(市有形民族文化財)は、山王大祭の巡行の様子を克明に描いている。佐藤正持は「丹哥府志」の挿絵を描くのに日吉神社に滞在したとされ、他に多くの絵画を残している。
住所:宮津市字宮町1408

一色稲荷 〔いっしきいなり〕
 大手橋から少し東に小社「一色稲荷」がある。ここは、宮津城三の丸の一角であった。天正10年(1582年)9月8日、一色氏の当主、義清(細川藤孝の娘むこ)が宮津細川家臣の屋敷で細川忠興方の手で謀殺される事件があった。細川方は一色氏の怨霊に対し恐れをいだき、その鎮魂のために城内のこの地に社を建てたといわれている。
住所:宮津市字鶴賀


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