白壁に格子戸という昔の情緒を今もなお残している今林家は、延享年間(1744〜48年)より宮津に存在し「かなや」の屋号を持つ。
文化13年(1813年)五代目今林仲蔵が糸問屋を再興し、また縮緬問屋として藩御用達を拝命、苗字帯刀もゆるされた名主役でも活躍した。七代目仲蔵は明治元年(1868年)9月に宮津藩商法会所元締に就任、明治12年3月には京都府議会の開設と同時に府会議員に選出され、以後3期にわたり地方産業の開発や京都・宮津間の車道開さく事業促進などにつとめた。八代目仲蔵は日韓貿易会社を設立、九代目仲蔵は宮津町助役として、また宮津銀行頭取として、宮津与謝地方の発展に尽くした。今の藩主は11代目である。
住所:宮津市万町604-1
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